「誰も教えていないのに似る」という現象の不思議
LINEやSNSで見かける、いわゆる「おじさん構文」。
絵文字が多く、語尾がカタカナだったり、「ネ!」や「カナ?」といったフレーズが目立ちます。
一見するとちょっとズレたやりとりに見えますが、実は多くの人が心当たりのある文体でもあります。
おもしろいのは、このスタイルが誰かに教えられたわけでもないのに、多くの中年男性に共通して見られるという点です。
SNSの流行と共に急に可視化され、共通言語のように認識されるようになった背景には、人間の根源的な習性や心理的反応が関係しているのかもしれません。
おじさん構文の典型的なパターン
感情を伝えるための絵文字・記号の多用
まず代表的なのが、「😊」「✨」「❗️」といった絵文字の多さです。
- 「今日も一日がんばろうネ😊✨」
- 「寒くなってきたから体に気をつけてネ❄️」
このような表現には、相手への気遣いや温かさを伝えたいという気持ちが込められています。
しかし、テキストだけだと表情や声のトーンが伝わりません。
そこで、“安心してほしい”“明るく見せたい”という無意識の欲求から、視覚的な装飾でフォローしようとしているのです。
これは、進化心理的に見ると、人間が非対面状況に不安を覚えることと関係していると考えられます。
表情や声がない環境では、意図を補うサインを自然と追加するようになり、結果として絵文字や記号が頻出するようになるのです。
カタカナ語尾やテンションの演出
次に目立つのが、「〜ダネ」「〜シチャッタ」「〜シヨウ!」といった語尾のカタカナ化です。
- これは“声の調子”を文字で再現しようとする試み
- 柔らかさや明るさ、照れ隠しを含めた感情のニュアンス表現
たとえば、LINEの文章だけで「〜しよう」と書くと素っ気なく感じる場面でも、「〜シヨウネ❗️😊」とカタカナで書くと、一気にフレンドリーな印象になります。
このような文体は、対面での「テンション調整」や「場の空気感」の置き換えと見ることもできます。
おじさん構文はどこで熟成されたのか?
メール文化や非公開コミュニケーションの中で育まれた
おじさん構文は、SNSで突然生まれたわけではありません。
実際には、LINE以前から中年層のあいだで使われてきたメール文化や個別メッセージの積み重ねの中で徐々に形づくられてきたと考えられます。
代表的な「熟成環境」として、以下のようなものがあります。
- 家族、特に娘や妻へのメール
- 社内の部下や後輩への連絡メール
- 出会い系・婚活サイトでの丁寧な自己紹介メッセージ
これらに共通するのは、「親しみを込めながらも、失礼のない丁寧さ」が求められる点です。
そのため、絵文字や語調の工夫によって、文面を柔らかくする習慣が培われていったと考えられます。
言語学者・松浦光さんの「夜遊びレポート起源」説
日本語研究者の松浦光さんは、おじさん構文の起源として「夜のお店の体験レポート文体」が影響している可能性を指摘しています。
たとえば、週刊誌に掲載されていた“夜遊び体験記”には、以下のような特徴があります。
- 顔文字や記号が多い
- なれなれしさと丁寧さが混在している
- 自虐やテンションの高さが混ざっている
こうした文体に親しんでいた世代が、SNSやLINEという新しい場で、かつて読んだ/書いたテンションや文調を無意識に再現しているという考え方です。
これはまだ仮説段階ですが、確かに過去のメディア文化と現在のSNS文体との間に、“何かしらの連続性”を感じさせるものがあります。
「なぜ中年男性に多いのか?」進化心理からの読み解き
非対面状況での“誤解回避欲求”が強く働く
人間は進化の過程で、基本的に対面でのコミュニケーションを前提として発達してきました。
顔の表情、声のトーン、身振り手振りがあってこそ、言葉はスムーズに通じ合います。
一方で、テキストコミュニケーションにはそれらの情報がありません。
この“情報の欠如”に強く反応し、「ちゃんと伝えなきゃ」「誤解されたくない」と考えた結果、
過剰な装飾や気遣い表現を足す行動が自然と起こるのです。
たとえば、「了解です」だけでは冷たく感じるかもしれない、という不安から
- 「了解デスネ😊✨」
- 「ありがとうゴザイマス❗️いつも感謝デス🙏」
のような“防御的なやわらかさ”が加えられていきます。
これは性別に限らず人間の一般的傾向ですが、社会的責任を負ってきた中年男性ほど、
「相手との関係を円滑に保ちたい」「変な空気にしたくない」といった意識が強く働きやすいと考えられます。
「距離を詰めたいけど、正解がわからない」本能的テンション調整
若い相手や異性に対して、親しみを持って接したい。
しかし、直接的に踏み込むと失礼になるかもしれない。
そんなとき、人はテンションを高めることで不安をカバーする傾向があります。
- 明るい語尾(!や✨)
- 呼びかけの多用(「〇〇ちゃん」「〇〇クン」)
- 質問風の語尾(「どうカナ?」「うれしいネ!」)
これらはすべて、「怒ってないよ」「怖くないよ」「仲良くしたいよ」という非言語的サインの代替です。
対面であれば、笑顔ややわらかい声で伝えるところですが、文字ではそれができない。
結果として、文字上に「演出としてのテンション」が生まれていくのです。
SNS環境が「公開された私信」に変化させた
さらに現代的な要因として、SNSの性質も大きく影響しています。
LINEやTwitterなどで交わされるやりとりは、本来プライベートな言葉が、他人にも見える形で共有されるという特性があります。
このとき、“見られている自分”を意識せず、従来のメール感覚や私信感覚で書かれた文章が
「スクショ→拡散→パターン化」され、おじさん構文として定着しました。
- 親しみを込めたつもりのメッセージが「痛々しい」と評される
- 丁寧さのつもりが「古臭くて重い」と見られる
こうしたギャップも、もとはといえば相手への誠実さを表現しようとした行動なのです。
おじさん構文は「人間らしさ」がにじみ出た文化
おじさん構文は、ただのネタや時代遅れの言葉遣いではありません。
むしろその背景には、
- 誤解されたくないという防衛的心理
- 親しさを伝えたいという社会的欲求
- 非対面コミュニケーションへの適応反応
といった、人間らしい葛藤や努力が詰まっています。
誰も教えていないのに、多くの人が同じような文体になるのは、
それが共通の不安や願いから生まれた、進化的な模倣行動だからです。
そしてこの現象は、「文字だけで関係を築くことの難しさ」と、
それでも「伝えたい」という本能の力強さを、同時に浮き彫りにしているとも言えるでしょう。
まとめ:構文の裏には、伝えようとする気持ちがある
おじさん構文が自然に生まれるのは、決して偶然ではありません。
それは、**人間が言葉を使って関係を築こうとする時、どうしてもにじみ出てしまう“原始的な気遣い”**なのです。
進化の中で培われたコミュニケーション本能。
テキストという新しい表現媒体。
そして、見えない相手に何かを伝えたいという切実な思い。
こうした要素が絡み合った結果、誰に教わるでもなく、人は自然と「それっぽい文体」を生み出してしまうのです。
見方を変えれば、おじさん構文は「人間のやさしさの表出のひとつのかたち」とも言えるのではないでしょうか。